7/17(木)
「ワコちゃん、今日はダメ?」
「うん・・・ゴメン、漢字、落ちた。それと『魔笛』の台本と、バイト。」
「あ、いいって、いいって。毎日じゃ悪いし。漢字の勉強、手伝うよ。」
「ありがと。」
少しだけ一緒に勉強させてもらった。
それにしてもどうしてワコはあんなに漢字が苦手なんだろう。
中学の時もひどかったもんなあ。
「今日は、すうがく数学のじ時間、うるさかったのでいけないと思いました。たいく←たいいく体育のときは、みんなじかんどおりにあつまり集まりました。」
ちゃんと漢字を使いなさい!!!
中学のとき、当番になると探したワコの日直の学級日誌。
あいつが書いたってだけで、なんだか嬉しくて。読んで笑ってた。まるで小学生の学級日誌なんだもん。担任の訂正の赤い字が笑えた。
兄さんの授業。
室生犀星『小景異情』
「で、みんなはどう思う? 解釈は色々あるんだ。詩は多くの情報を与えないからね。行間から読み取るしかない。でもその分、こっちの想像は膨らむね。」
『ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしやうらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや・・・』
「男子はどうよ。東京に行く子も出てくるんだろう。広瀬は?」
「え、やっぱ普通に帰ってきたいですけれど。」 でいいよねえ。
「須田は?」
「あんまこだわりナイっすね。どっちでもいいっつうか・・・ 先生は?」
「俺? ふるさと? あんま、帰りたくねえなあ。」
「なんでですか? 普通帰りたいもんじゃないんすか? 先生が一番室生犀星と考えが近いことになりますね。」
「ああ、そうだね・・・ 帰る・・・ところじゃないかも。帰れるところがあると思っていると、ついつい守りに入るかも。」
へーーえ・・・
一通り、ふるさと論が述べられた後にやっぱりワコ。
「鎌田は? お前はふるさとについて、どう思う?」
「私は・・・やっぱ帰ってきてほしいかな。」
?????
「・・・誰に・・・」
「子ども。」
「ああ、つまり、母親の立場で答えてくれたのね。」
「あ、違った(^^ゞ???」
焦っている顔もかわいい
「いや、いいです。ありがとう。君は本当に、なんというか、想像つかないところから意見がくるんで、当てるのが楽しいです。」
「あ、自分が、どっか行ったとき、どうするか???」
「ん、まあ、そんな話をしていたんだけどね。ひょっとして名古屋圏から離れる気が全くないとか。」
「・・・」
「ないのね、分かった。別にいいんだけれどね、それは。早くかわいい子どもを生んで、日本の少子高齢化打開の糸口を作ってください。」
「・・・(-_-;)」
クスクスクスクスクス・・・
兄さんは必ずと言っていいほどワコを当てる。
一部の女子はひがんでいる。
でも確かにワコの意見は思いもよらないところから来るから、面白いのは面白いのだ。
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「ワコちゃん、今日はダメ?」
「うん・・・ゴメン、漢字、落ちた。それと『魔笛』の台本と、バイト。」
「あ、いいって、いいって。毎日じゃ悪いし。漢字の勉強、手伝うよ。」
「ありがと。」
少しだけ一緒に勉強させてもらった。
それにしてもどうしてワコはあんなに漢字が苦手なんだろう。
中学の時もひどかったもんなあ。
「今日は、
ちゃんと漢字を使いなさい!!!
中学のとき、当番になると探したワコの日直の学級日誌。
あいつが書いたってだけで、なんだか嬉しくて。読んで笑ってた。まるで小学生の学級日誌なんだもん。担任の訂正の赤い字が笑えた。
兄さんの授業。
室生犀星『小景異情』
「で、みんなはどう思う? 解釈は色々あるんだ。詩は多くの情報を与えないからね。行間から読み取るしかない。でもその分、こっちの想像は膨らむね。」
『ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしやうらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや・・・』
「男子はどうよ。東京に行く子も出てくるんだろう。広瀬は?」
「え、やっぱ普通に帰ってきたいですけれど。」 でいいよねえ。
「須田は?」
「あんまこだわりナイっすね。どっちでもいいっつうか・・・ 先生は?」
「俺? ふるさと? あんま、帰りたくねえなあ。」
「なんでですか? 普通帰りたいもんじゃないんすか? 先生が一番室生犀星と考えが近いことになりますね。」
「ああ、そうだね・・・ 帰る・・・ところじゃないかも。帰れるところがあると思っていると、ついつい守りに入るかも。」
へーーえ・・・
一通り、ふるさと論が述べられた後にやっぱりワコ。
「鎌田は? お前はふるさとについて、どう思う?」
「私は・・・やっぱ帰ってきてほしいかな。」
?????
「・・・誰に・・・」
「子ども。」
「ああ、つまり、母親の立場で答えてくれたのね。」
「あ、違った(^^ゞ???」
焦っている顔もかわいい

「いや、いいです。ありがとう。君は本当に、なんというか、想像つかないところから意見がくるんで、当てるのが楽しいです。」
「あ、自分が、どっか行ったとき、どうするか???」
「ん、まあ、そんな話をしていたんだけどね。ひょっとして名古屋圏から離れる気が全くないとか。」
「・・・」
「ないのね、分かった。別にいいんだけれどね、それは。早くかわいい子どもを生んで、日本の少子高齢化打開の糸口を作ってください。」
「・・・(-_-;)」
クスクスクスクスクス・・・
兄さんは必ずと言っていいほどワコを当てる。
一部の女子はひがんでいる。
でも確かにワコの意見は思いもよらないところから来るから、面白いのは面白いのだ。
7/17(木)
今日は普通の授業最終日。明日は一学期の終業式。それでも漢字テストはあった。ギリギリまで勉強させるなんて、すごい学校だね。で、当然鎌田は今日も漢字に落ちた。簡単なテストにしておいてやったのに。ちなみに一年生の漢字テストを作っているのは俺です。
「センセ、漢字明日じゃダメ? バイトなの。」
「バイト?」 事と次第によっては許さんっ!!
「音楽学院のアシスタントをやってるの。」
あーー、ワコならやらされてもおかしくないや。
「漢字は明日の放課後、やりなさい。」
「すみません。私は本当は土日しか組み込まれないんだけれど、大学生さんが忙しいらしくって。」
「いいよ、行っておいで。」
「本当にすみません。」 珍しく頭を下げまくるワコ。居残りをやらないということに、強い罪悪感があるのかなあ。
「謝るくらいなら、受かってよ。」
急にしょぼくれた顔になったワコ・・・
「どうした?」
「いつもよりは、やったんです。昨日、ちゃんと・・・ 難しい漢字を覚えたのに、なんだか簡単なのばっかりで・・・」
ゲッ! もう一学期も終わるからと、親切心だして簡単な漢字にしたのがアダになった(-_-;)
「あたし、漢字覚える脳みそだけ、忘れて生まれて来ちゃったのかなあ。」
(^。^)y-.。o○ 噴出すのを我慢しろ、自分ッ!!!
「大丈夫だよ。人には得意なところと、そうでないところがあるだけだよ。四月から、だいぶ覚えた漢字が増えただろ?」
「でも、キリがなくて・・・」
「続きは明日グチを聞くよ。早く行かないとダメだろ、アシスタントティーチャーさん。」
「あ、はい・・・」
「小さい子の相手だろ? 笑顔で行くんだよ。」
「はい。」
素直な返事が一番かわいい(^^♪
それにしても、漢字を覚える脳みそだけ忘れて生まれてくる、か。
すごい発想だねえ・・・
でもそんな発想をさせてしまうほど追い詰めたのは、俺だな。
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今日は普通の授業最終日。明日は一学期の終業式。それでも漢字テストはあった。ギリギリまで勉強させるなんて、すごい学校だね。で、当然鎌田は今日も漢字に落ちた。簡単なテストにしておいてやったのに。ちなみに一年生の漢字テストを作っているのは俺です。
「センセ、漢字明日じゃダメ? バイトなの。」
「バイト?」 事と次第によっては許さんっ!!
「音楽学院のアシスタントをやってるの。」
あーー、ワコならやらされてもおかしくないや。
「漢字は明日の放課後、やりなさい。」
「すみません。私は本当は土日しか組み込まれないんだけれど、大学生さんが忙しいらしくって。」
「いいよ、行っておいで。」
「本当にすみません。」 珍しく頭を下げまくるワコ。居残りをやらないということに、強い罪悪感があるのかなあ。
「謝るくらいなら、受かってよ。」
急にしょぼくれた顔になったワコ・・・
「どうした?」
「いつもよりは、やったんです。昨日、ちゃんと・・・ 難しい漢字を覚えたのに、なんだか簡単なのばっかりで・・・」
ゲッ! もう一学期も終わるからと、親切心だして簡単な漢字にしたのがアダになった(-_-;)
「あたし、漢字覚える脳みそだけ、忘れて生まれて来ちゃったのかなあ。」
(^。^)y-.。o○ 噴出すのを我慢しろ、自分ッ!!!
「大丈夫だよ。人には得意なところと、そうでないところがあるだけだよ。四月から、だいぶ覚えた漢字が増えただろ?」
「でも、キリがなくて・・・」
「続きは明日グチを聞くよ。早く行かないとダメだろ、アシスタントティーチャーさん。」
「あ、はい・・・」
「小さい子の相手だろ? 笑顔で行くんだよ。」
「はい。」
素直な返事が一番かわいい(^^♪
それにしても、漢字を覚える脳みそだけ忘れて生まれてくる、か。
すごい発想だねえ・・・
でもそんな発想をさせてしまうほど追い詰めたのは、俺だな。
7/17(木)
ワコは今日はバイト。
音楽学院でアシスタントの仕事をしている。
学校でバイトは禁止だが、本人の勉強にもなると特別許可をもらったらしい。きちんとお金をもらっているはずだ。
音楽学院には小学5年生にならないと入れない。その前はキッズとかジュニアと呼ばれて、隣の建物で教えてもらう。それもアシスタントの先生に一度チェックをしてもらって、初めて学院の先生にみてもらえるというシステムをとっている。生徒が多いので、全員見きれないのだ。ワコがしているのはこのアシスタント。このアシスタントになれるのは、各先生方の愛弟子のみ。アシスタントティーチャーは基本的に自分の先生の生徒しか見ない。だからワコは優子先生の生徒を担当している。
よく練習してある子はそのまま先生のレッスンにまわして、練習してない子にはワコたちが教える。ほとんどの男の子たちはアシスタントのレッスンだけで帰される。
俺はこっちのアシスタントの先生のレッスンがよかったなあ。だって優しかったもの。
・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚゚
9才の俺 「なんで俺ばっかりこんなに練習しなきゃなんないんだよっ!!」
9才のワコ 「また蹴飛ばしてるよ・・・」
9才の琴音 「ほっとこうよ、かまうと余計ブツブツうるさいし。」
本当によく音楽学院の壁を蹴りつけた。
毎回しっかりと練習をしてある琴音ちゃんとワコちゃんは呆れ顔で俺を見ていた。
俺はサッカーのほうがよかったからなあ。
若かりし優子先生 「さてと、アンサンブル、やるよ〜〜〜」
小学生の3人に教えるのは優子先生。3人でビバルディの『春』の研究なんかもした。楽譜やCDを聞きながら、編曲したり実際にピアノなどで演奏できる楽譜を作ってみたり。かなり高レベルなことをさせられていた3人。
このレッスンは2時間、ひどいと3時間以上も続くので、終わると必ずジュースとお菓子が出た。このお菓子がなかったら、とっくの昔にやめていたよ。
「なあ、なんで俺たちだけ学院でレッスンなんだ?」
「そりゃ、上手だからに決まってるじゃない。」
学院でレッスンを受けられることに、明らかな特権意識を持っていた琴音ちゃん。実際上手だったから、彼女がすでに学院で教えてもらっているということは不思議ではなかった。
「上手いのは、そっちの2人だけじゃん。俺が理事長の孫だからかなあ。」
「それだとワコが関係ないよ。でも私もそれはいつも不思議なんだ〜。ここって5年生以上じゃないと入れないって聞いた。」
「分かった、お金をたくさん払った。」
「うち、そんなお金ないんだけど・・・」
子どもながらにどう返事していいか分からずに悩んだよなあ。
「ワコは飛びぬけて上手いからこのクラスに入って、よっちゃんは孫だから?」
「あーー、なるほど・・・俺、孫をやめたいんだけれど。」
「難しいと思うけど。」
分かってるよっ!!!
「あっちのクラス、いつも帰りにちらっと見るんだ。若くてかわいいお姉さんが、やさし〜〜〜く教えてくれるんだぜ? 絶対あっちがいいよ。」
・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚゚
そりゃ、若くてかわいくてやさし〜〜〜いお姉さんたちだったわけだ。ワコみたいな人が教えてくれるんだもん。今、ワコが教えてくれたら、俄然練習するな。ワコも練習してこない子に怒ったりするのかなあ。ワコにだったら泣かされてもいいかなあ。『ちゃんとやってこないとダメでしょっ! 罰として・・・』 妄想って楽しい(^^ゞ
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ワコは今日はバイト。
音楽学院でアシスタントの仕事をしている。
学校でバイトは禁止だが、本人の勉強にもなると特別許可をもらったらしい。きちんとお金をもらっているはずだ。
音楽学院には小学5年生にならないと入れない。その前はキッズとかジュニアと呼ばれて、隣の建物で教えてもらう。それもアシスタントの先生に一度チェックをしてもらって、初めて学院の先生にみてもらえるというシステムをとっている。生徒が多いので、全員見きれないのだ。ワコがしているのはこのアシスタント。このアシスタントになれるのは、各先生方の愛弟子のみ。アシスタントティーチャーは基本的に自分の先生の生徒しか見ない。だからワコは優子先生の生徒を担当している。
よく練習してある子はそのまま先生のレッスンにまわして、練習してない子にはワコたちが教える。ほとんどの男の子たちはアシスタントのレッスンだけで帰される。
俺はこっちのアシスタントの先生のレッスンがよかったなあ。だって優しかったもの。
・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚゚
9才の俺 「なんで俺ばっかりこんなに練習しなきゃなんないんだよっ!!」
9才のワコ 「また蹴飛ばしてるよ・・・」
9才の琴音 「ほっとこうよ、かまうと余計ブツブツうるさいし。」
本当によく音楽学院の壁を蹴りつけた。
毎回しっかりと練習をしてある琴音ちゃんとワコちゃんは呆れ顔で俺を見ていた。
俺はサッカーのほうがよかったからなあ。
若かりし優子先生 「さてと、アンサンブル、やるよ〜〜〜」
小学生の3人に教えるのは優子先生。3人でビバルディの『春』の研究なんかもした。楽譜やCDを聞きながら、編曲したり実際にピアノなどで演奏できる楽譜を作ってみたり。かなり高レベルなことをさせられていた3人。
このレッスンは2時間、ひどいと3時間以上も続くので、終わると必ずジュースとお菓子が出た。このお菓子がなかったら、とっくの昔にやめていたよ。
「なあ、なんで俺たちだけ学院でレッスンなんだ?」
「そりゃ、上手だからに決まってるじゃない。」
学院でレッスンを受けられることに、明らかな特権意識を持っていた琴音ちゃん。実際上手だったから、彼女がすでに学院で教えてもらっているということは不思議ではなかった。
「上手いのは、そっちの2人だけじゃん。俺が理事長の孫だからかなあ。」
「それだとワコが関係ないよ。でも私もそれはいつも不思議なんだ〜。ここって5年生以上じゃないと入れないって聞いた。」
「分かった、お金をたくさん払った。」
「うち、そんなお金ないんだけど・・・」
子どもながらにどう返事していいか分からずに悩んだよなあ。
「ワコは飛びぬけて上手いからこのクラスに入って、よっちゃんは孫だから?」
「あーー、なるほど・・・俺、孫をやめたいんだけれど。」
「難しいと思うけど。」
分かってるよっ!!!
「あっちのクラス、いつも帰りにちらっと見るんだ。若くてかわいいお姉さんが、やさし〜〜〜く教えてくれるんだぜ? 絶対あっちがいいよ。」
・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚・*:..。o○☆*゚¨゚゚゚
そりゃ、若くてかわいくてやさし〜〜〜いお姉さんたちだったわけだ。ワコみたいな人が教えてくれるんだもん。今、ワコが教えてくれたら、俄然練習するな。ワコも練習してこない子に怒ったりするのかなあ。ワコにだったら泣かされてもいいかなあ。『ちゃんとやってこないとダメでしょっ! 罰として・・・』 妄想って楽しい(^^ゞ
7/17(木)
あの日も奈津実先生にさんざん怒られて、ロビーまでもたどり着けずに、廊下で泣いていた。
「だいじょうぶ?」
聞きなれた声。
大人か大きな子供しかいない学院で、同じ年の子は、従姉弟の琴音ちゃんと、このワコちゃんだけ。アンサンブルレッスン以外で出会えるのは奇跡だった。
「あっちいけよっ! うるさいなあッ!」
泣いたところを見られたのが恥ずかしくて、どうすればいいのか分からなかった。
「どーせバカにしてんだろ! へたくそなくせに、なんで一緒のクラスなんだろ、なんて思ってんだろ!」
「あなたの歌、上手よ。だからきっと同じクラスなのよ。」
ワコはそう言って立ち去った。
その日まで、ピアノが下手なことばかりが気になっていた。
でもその日から、歌が大好きになった。
あの日、ワコは何しに学院に来ていたんだろう。
ワコはこんなこと覚えてないんだろうなあ。
人気ブログランキングへ 奈津実先生というのは、実は琴音さんのお母さん。鬼として有名。ワコは奈津実先生のレッスンは抵抗しまくって優子センセのピアノになっていた。歌の先生もこの直後に優子先生に変更になっています。
あの日も奈津実先生にさんざん怒られて、ロビーまでもたどり着けずに、廊下で泣いていた。
「だいじょうぶ?」
聞きなれた声。
大人か大きな子供しかいない学院で、同じ年の子は、従姉弟の琴音ちゃんと、このワコちゃんだけ。アンサンブルレッスン以外で出会えるのは奇跡だった。
「あっちいけよっ! うるさいなあッ!」
泣いたところを見られたのが恥ずかしくて、どうすればいいのか分からなかった。
「どーせバカにしてんだろ! へたくそなくせに、なんで一緒のクラスなんだろ、なんて思ってんだろ!」
「あなたの歌、上手よ。だからきっと同じクラスなのよ。」
ワコはそう言って立ち去った。
その日まで、ピアノが下手なことばかりが気になっていた。
でもその日から、歌が大好きになった。
あの日、ワコは何しに学院に来ていたんだろう。
ワコはこんなこと覚えてないんだろうなあ。
あれは次の日が教育実習期間が終わるという頃だったなあ。梅雨の、じめっとした雨が降っていた。石川さんとはあの後二度、食事に行った。
「矢部先生は最近は石川さんにかかりきりですねえ。」
「そういう大場君こそ、佐々木さんにつきっきりですねえ。」
実習生の中で、一番しっかりしている大場は教師たちと一緒に行動することの方が多かった。真剣に教師を目指していて、本当に好感の持てるやつだった。
「話、そらさないでくださいよ。まじめに石川さんのこと、どう思ってるんですか?」
石川のやつ、大場に何か相談したかな、なんて思った。
「さあね。」
「狙ってるわけじゃないんですか?」
「さ・あ・ね。そそいうお前こそ、佐々木さんのことはどうなの?」
「俺の話はいいですって。石川さんのこと、」
「あらら、大場君は佐々木さんなのかあ。佐々木さんって従順な感じがするもんなあ。ああいう人が好みかあ。」
あいつが自ら恋の話に絡んできて、本当に驚いた。
「甲斐先生はどういう人がいいんですか?」
俺は大場より甲斐に興味を持った。
「その前に矢部先生の好みを探ろうよ。石川さんのどういうところが気に入ったんですかあ?」
「えーーー、なんで俺なのさっ!!!」
結局俺たちはその夜、俺のアパートに酒を買って集い、誰の身体がよさそうだなどという、とても書けない話で盛り上がったわけだが、やっぱり甲斐は自分の話はしないつもりらしい。そのうちに疲れ果てていた大場がすっかり寝込んでしまった。
「では、少し俺の話しを聞かせようか?」
もう目がいっちゃってた。やばいんじゃないか?
「いや、いいよ。話したくないんだろ? それより今の話をしようよ、あの子のこと。」
「あの子はまだ15じゃないか。」
あの子、と言っただけで、鎌田の話を出してくる。
狂おしいほどに好きなんじゃないのか?
「でも俺の話なんて聞いてもつまらないぞ。」
聞いてほしいのか・・・、珍しい。
「その昔、愛した人がいたさ。『源氏物語』の『雨夜の品定め』では、源氏は中流の女性がいいというよな。でも俺が愛した人は、上流の娘だった。彼女の身の回りの世話をする人がいたからね。正真正銘のお嬢様だった。
その彼女とどういうわけかウマが合ってね。身体の関係になるのに時間はかからなかった。」
そこで甲斐が酒を一気に飲み干した。
淡々と話してはいるが、辛い話なんだろうなあ。
「『源氏』の中の女性は物の怪に憑り付かれて死んだろ。俺の大事な人も・・・死んだも同然だ、いいや、殺したも同然なんだ。」
いまだに感じるこいつからの、厭世観。
去年はもっとひどかったから、だいぶよくなったと思っていたけれど、そういう過去があるから?
「だから俺は一生罪を背負って生きていく・・・」
甲斐は一瞬でつぶれた。酒に強いやつなのに。今日は飲みたかったのかな。
「罪を背負った君ごと、愛してくれる人もいるさ。あいつにはそんな力がある、そう思わないか?」
反応はなかった。
最後の言葉は意識があったのか、無意識の罪悪感が言わせたのか。
資料室に1人の生徒が入り浸る、いい状況じゃないことくらい分かっている。
鎌田が、こいつを変えてくれるような、そんな気がするから、鎌田を歓迎している。
ただ気をつけてやらないと、鎌田が飲み込まれる・・・たかだか15才の子に、させていいことと、いけないことがある。
空がうっすらと白いな。
今日は打ち上げの飲み会だ。
大場はその飲み会で佐々木さんに打ち明けると言っていた。
俺は?
勝負に出ようか。
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「矢部先生は最近は石川さんにかかりきりですねえ。」
「そういう大場君こそ、佐々木さんにつきっきりですねえ。」
実習生の中で、一番しっかりしている大場は教師たちと一緒に行動することの方が多かった。真剣に教師を目指していて、本当に好感の持てるやつだった。
「話、そらさないでくださいよ。まじめに石川さんのこと、どう思ってるんですか?」
石川のやつ、大場に何か相談したかな、なんて思った。
「さあね。」
「狙ってるわけじゃないんですか?」
「さ・あ・ね。そそいうお前こそ、佐々木さんのことはどうなの?」
「俺の話はいいですって。石川さんのこと、」
「あらら、大場君は佐々木さんなのかあ。佐々木さんって従順な感じがするもんなあ。ああいう人が好みかあ。」
あいつが自ら恋の話に絡んできて、本当に驚いた。
「甲斐先生はどういう人がいいんですか?」
俺は大場より甲斐に興味を持った。
「その前に矢部先生の好みを探ろうよ。石川さんのどういうところが気に入ったんですかあ?」
「えーーー、なんで俺なのさっ!!!」
結局俺たちはその夜、俺のアパートに酒を買って集い、誰の身体がよさそうだなどという、とても書けない話で盛り上がったわけだが、やっぱり甲斐は自分の話はしないつもりらしい。そのうちに疲れ果てていた大場がすっかり寝込んでしまった。
「では、少し俺の話しを聞かせようか?」
もう目がいっちゃってた。やばいんじゃないか?
「いや、いいよ。話したくないんだろ? それより今の話をしようよ、あの子のこと。」
「あの子はまだ15じゃないか。」
あの子、と言っただけで、鎌田の話を出してくる。
狂おしいほどに好きなんじゃないのか?
「でも俺の話なんて聞いてもつまらないぞ。」
聞いてほしいのか・・・、珍しい。
「その昔、愛した人がいたさ。『源氏物語』の『雨夜の品定め』では、源氏は中流の女性がいいというよな。でも俺が愛した人は、上流の娘だった。彼女の身の回りの世話をする人がいたからね。正真正銘のお嬢様だった。
その彼女とどういうわけかウマが合ってね。身体の関係になるのに時間はかからなかった。」
そこで甲斐が酒を一気に飲み干した。
淡々と話してはいるが、辛い話なんだろうなあ。
「『源氏』の中の女性は物の怪に憑り付かれて死んだろ。俺の大事な人も・・・死んだも同然だ、いいや、殺したも同然なんだ。」
いまだに感じるこいつからの、厭世観。
去年はもっとひどかったから、だいぶよくなったと思っていたけれど、そういう過去があるから?
「だから俺は一生罪を背負って生きていく・・・」
甲斐は一瞬でつぶれた。酒に強いやつなのに。今日は飲みたかったのかな。
「罪を背負った君ごと、愛してくれる人もいるさ。あいつにはそんな力がある、そう思わないか?」
反応はなかった。
最後の言葉は意識があったのか、無意識の罪悪感が言わせたのか。
資料室に1人の生徒が入り浸る、いい状況じゃないことくらい分かっている。
鎌田が、こいつを変えてくれるような、そんな気がするから、鎌田を歓迎している。
ただ気をつけてやらないと、鎌田が飲み込まれる・・・たかだか15才の子に、させていいことと、いけないことがある。
空がうっすらと白いな。
今日は打ち上げの飲み会だ。
大場はその飲み会で佐々木さんに打ち明けると言っていた。
俺は?
勝負に出ようか。
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